サッカー背番号の歴史
日本にサッカーが伝わったのは、1873年(明治6年)、東京・築地の海軍兵学校の教師として来日した英国海軍のダグラス少佐によって、日本に初めてサッカーが紹介されたと言われています。ワールドカップやオリンピック、Jリーグなどで大勢のサポーターが熱狂し、今やサッカーは、野球をしのぐ程の人気ぶりです。
日本代表のユニフォームのレプリカは、毎回大人気で背中についている背番号が目立ち、印象的です。
サッカーの母国イングランドで、ユニフォームに背番号がつけられるようになったのは、1928年(昭和3年)のアーセナル対チェルシーのリーグ戦で、選手は1~11までの背番号を与えられました。
そして背番号が義務化されたのは、約10年後の1939年(昭和14年)でした。
初めはどの数がどのポジションを表すという規則はありませんでしたが、時間が経って様々なフォーメーションが現れるにつれ、ほとんどのチームにその傾向が認められるようになりました。
1965年にゲーム中の交代が認められるようになると、交代要員は、通常、12番を着けました。 2人目の交代が許されるようになると、そのプレーヤーは14番を着けました。
縁起の悪い数字とされる13番は、ジンクスを信じることの多いサッカープレーヤーに強制的に着けさせられることはありませんでした。